プロとアマ。「商売の責任」と「野生の思考」

考え方メモ
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「副業で少しだけ稼いでみたい」
「自分の力でお金を作れるようになりたい」

最近、そんな風に考える方が増えていますよね。
僕も、常に収入の作り方を日々勉強している真っ最中です。

でも、僕たちが「お金をいただく」というステージに一歩足を踏み入れたとき、そこには残酷なまでの「違い」が存在することに気づいていますか?

それは、スキルの差でも、人脈の差でもありません。
「何が起きても、全部自分のせいだ」と言い切れるかどうかの差です。

先日、経営の師匠である先生から聞いたあるエピソードが、僕の甘い考えを根底から覆してくれました。
商売を「野生」と表現する、その真意とは何なのか。

僕が現場で感じた、ヒリヒリするような「責任」の正体について、等身大の気づきをシェアさせてください。

「知らなかった」では済まされない現場のリアル

先日、先生からお伺いした出来事です。 そこでは、近隣の方々に産地直送の「りんご」を販売していました。

その販売の責任者を任されていたのは、40代のサラリーマン男性。 「これから商売にチャレンジしてみたい」という熱意を持って、先生から販売の場を譲り受けた方でした。
もちろん、そこで出た利益はすべて彼のものになる、という好条件です。

ところが、オープンして間もなく、ご近所の方から厳しいお叱りを受けたんです。

「2.5キロ注文したのに、2.2キロしか入っていなかった」
「中を開けたら、2個ほど傷んでいたよ」

これ、商売としては致命的なミスですよね。
僕がもしその立場だったら、頭が真っ白になってパニックになっていたと思います。

でも、本当に重要なのは、ここからの「対応」でした。


サラリーマン思考と商売人思考の決定的な違い

お叱りを受けた内容を、先生がその男性に伝えました。 すると、男性からはこんな答えが返ってきたそうです。

「重さを量る時は、確かに合っていたはずなんですけど……」
「農園の方にクレームを入れて、代品を送ってもらうように言っておきます」

一見、普通の対応に見えるかもしれません。 でも、先生はこれを聞いて「サラリーマンらしい回答だね」と仰いました。

厳しいようですが、これが「雇われの身」の思考と、「商売人」の思考の大きな壁なんです。

サラリーマンであれば、ミスが起きても
「マニュアルがこうだった」
「システムが不具合だった」
「取引先がミスをした」
と言えば、自分の立場は守られるかもしれません。 会社の看板が守ってくれるからです。

でも、自分の名前で商売をするなら、そうはいきません。
重さが足りなかったのも、傷んでいたのも、お客様にとっては「あなたから買った」という事実がすべてです。

理由を並べて自分を正当化したり、仕入れ先に責任を転嫁したりした瞬間に、商売人としての「信用」はゼロになります。 「全責任は自分にある」と腹をくくれない限り、本当の意味で商売の世界には立てないのだと、僕は痛感しました。


究極の自責思考。「雨が降っても自分のせい」

先生は、さらに踏み込んでこう仰いました。
「商売をするならね、『雨が降っても自分のせい』と思えるかどうかが大切なんだよ」

最初、僕は耳を疑いました。 天気をコントロールすることなんて、誰にもできません。
「雨が降って客足が遠のいたのは、どう考えても天気のせいじゃないか」と。

でも、先生の真意は違いました。

雨が降ることを予測して対策を立てていたか?
雨でもわざわざ来たくなるような仕組みを作っていたか?
あるいは、雨が降っても痛くないような別の収益源を持っていたか?

何かが起きたときに、真っ先に「外」に原因を探すのではなく、常に「自分の何がいけなかったか」を問い直すこと。 たとえ不可抗力に見えるようなことでも、それを自分の責任として引き受ける。

この「究極の自責思考」を持っているかどうかが、商売で結果を出せる人と、環境のせいにして終わってしまう人の分かれ道なんです。 何が起きても、全部自分のせい。 この冷徹なまでの自己責任の感覚が、商売人の強さを作るのだと学びました。


利益の対価は「技術」ではなく「責任」である

なぜ、商売において「全責任」が求められるのか。 それは、僕たちが受け取る「利益」の正体を考えれば明白です。

僕も以前は、利益というのは「作業をした手間賃」や「技術料」だと思っていました。 でも、先生は教えてくれました。 「何が起ころうが全責任を持つ。その対価として利益が入るんだよ」

1円でも利益を得たなら、その瞬間からプロです
「初心者だから」「副業だから」という言い訳は、お金を払ってくれるお客様には一切関係ありません。

例えば、僕がWebの仕事を誰かから1,000円で受けたとします。
その1,000円は、僕がカタカタとキーボードを打った作業代ではなく、「成果物に不備があったとき、すべての責任を僕が負う」という約束への対価なんです。

無責任でいたいなら、1円ももらわずにボランティアをすればいい。 でも、豊かになりたい、自分の力で生きていきたいと願うなら、この「責任という名の重り」を背負う覚悟をしなければなりません。


ピアスを開けた娘と、商売人に共通する「覚悟」

ここで、先生が教えてくれた別のエピソードを紹介します。 ある商売をされているお父さんと、その娘さんのやり取りです。※賛否は認めます(笑)

高校生の娘さんが、ある日、校則で禁止されている「ピアス」の穴を開けてきました。 お父さんはそれを見つけて、叱るのではなく、こう問いかけたそうです。

父「校則ではダメなんだろ?」
娘「うん、ダメだよ」

父「学校にはどうやって行くんだ?」
娘「つけていかないし、髪で隠すから大丈夫」

父「もし見つかったらどうする?」
娘「その時は自分でこう説明して、先生に謝るから大丈夫」

父「……ならいいんじゃないかな」

もし、このお父さんがサラリーマン的な考え方なら、
「校則で決まっているからダメだ!」と頭ごなしに怒っていたかもしれません。

でも、商売をしているこのお父さんが気にしたのは、「校則違反かどうか」ではなく、**「そうなった場合(リスク)を自分で考えて、責任を取る覚悟があるか」**という点でした。

自分でリスクを想定し、何が起きても自分でケツを拭く。 その自立した精神こそが、商売人に不可欠な「野生の証明」なんです。


商売は「野生」の世界。自分の身は自分で守る

先生は、商売を**「野生」**という言葉で表現されました。

野生の世界では、獲物が捕れなかったことを「天気が悪かったから」と誰かのせいにしても、誰も助けてくれません。 自分が動かなければ飢えるだけ。そして、何かトラブルが起きたとき、自分を守れるのは自分だけです。

今の僕は、まだ温かい家の中で守られている飼い猫のようなものかもしれません。 でも、いつか自分の力で大きな成果を上げたいなら、この野生の感覚を身につける必要があります。

「誰かが言ったからやった」
「上司にこう言われたから」

そんな甘えを捨てて、自分で決めて、自分の責任で行動する。 「雨が降ったこと」ですら自分の準備不足だと捉え、次の一手を打つ。

商売を学ぶということは、単に稼ぎ方を覚えることではなく、一人の人間として「野生の強さ」を取り戻す過程なのかもしれないと、僕は強く感じています。

まとめ:明日から実践!「全責任思考」を身につけるトレーニング

商売の世界は、厳しくも美しい場所です。 全責任を負うからこそ、成功したときの喜びはすべて自分のものになります。 そして、その責任を全うする姿が、誰かから「君と一緒に仕事がしたい」と言われる魅力に変わっていく。

僕はまだ、修行の身です。 失敗して落ち込むこともあるけれど、そのたびに「これは野生の経験値を積んでいるんだ」と自分に言い聞かせたいと思います。

いつか、胸を張って「全責任は僕にあります」と言い切れる、最高にカッコいい男になれるように。

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