「そこまでしてでも、やりたいの?」仕事と夢の本当の境界線。

考え方メモ
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「いつか独立して、自分の力で生きていきたい」
「理想の仕事に就ければ、きっと人生は輝き始めるはずだ」

もうすぐ春ですね。そんな期待を胸に、新しい一歩を踏み出そうとしている方も多い季節だとと思います。
僕も、日々自分なりの道を模索しながら、未来にワクワクしたり、時に不安になったりする毎日を過ごしています。

春が来ると僕は先生のとても厳しい言葉を思い出します。思い出すだけで背筋が伸びる、、。そんな話です。

「君は、そこまでしてでも、それがやりたいの?」

その言葉の裏には、先生自身がかつて独立の荒波の中で経験した、ヒリヒリするような「覚悟」の記憶が刻まれていました。

今回は、僕が現場で学んだ「仕事やお金という手段」の向こう側にある、本当の目的についてシェアさせてください。

「興味がある」と「仕事にする」の間にある深い溝

ここからは先生が僕が話してくれたお話の抜粋です。

先日、拠点の事務所に一人の20代の女性が訪ねてこられました。 知り合いの方から、「FP(ファイナンシャルプランナー)として独立したい熱心な子がいる」と紹介されてやってきた彼女。

ところが、先生がいざ詳しく話を聞いてみると、少し様子が違いました。
彼女の本音は、「FPという仕事に、なんとなく興味がある」という段階だったんです。

「FPになりたい」
「独立してお店を持ちたい」
「有名な会社に就職したい」

そうした職業につくこと自体が目標になっている方は少なくありません。
僕もかつては、「社長になれば自由になれる」といった、肩書きが自分を変えてくれるような幻想を抱いていた時期がありました。

でも、先生は静かに仰いました。
「その職業についても、顔晴(がんば)って行動し続けない限り、何も変わらないよ」


肩書きはゴールではなく、ただの「箱」に過ぎない

多くの人が、特定の職業につくことを「ゴール」だと思い込んでしまいます。
でも、厳しい言い方をすれば、職業や会社名というのは、ただの「箱」に過ぎません。

例えばFPという仕事。
それは「誰かのお金の悩みを解決して、その人の人生を豊かにする」という目的を達成するための「道具」です。 箱(職業)を手に入れることに必死になって、その中身(何をするか)を忘れてしまったら、本末転倒ですよね。

僕たちが目指すべきは、特定の肩書きを得ることではなく、その肩書きを使って「誰に、どんな価値を提供したいか」であるべきなんだと、改めて気づかされました。


商売を動かすのは「そこまでしてでも」という執念

相談に来られた女性に対し、先生が投げかけた基準はとてもシビアなものでした。

「そこまでしてでもやりたいわけではない」と言う人は多い。
けれど、実際には**「そこまでしてでも」**と考えられる人しか、商売で結果を出すことはできない。

商売をしていれば、必ず壁にぶつかります。 思い通りにいかないこと、数字が伸びないこと、誰かに否定されること……。 そんなとき、ただ「興味がある」程度の人なら、「やっぱり自分には向いていなかった」とすぐに諦めてしまいます。

でも、本当の意味で商売を成功させる人は違います。
「そこまでしてでも、成し遂げたい目的」が心の奥底に燃えているからです。

その「執念」の重みを物語る、先生自身の忘れられないエピソードがあります。


どん底の先生を支え、揺さぶった奥様の問いかけ

それは、今では多くの成功をおさめている先生が、まだ独立したばかりの頃のお話です。

当時は自分の商売がなかなか軌道に乗らず、思い描いた理想とは裏腹に、厳しい現実が続いていました。 それでも日々の生活を支えなければなりません。 先生は、自分のビジネスのかたわら、深夜までアルバイトを掛け持ちして食い繋いでいました。

「自分で商売をして成功するんだ」と決めたはずなのに、現実はバイトに追われる日々。 そんな先生の姿をずっとそばで見守っていた奥様が、ある時、静かにこう問いかけたそうです。

「……そこまでしてでも、自分で商売がしたいの?」

この言葉は、決して先生を責めるものではありませんでした。

「バイトをしてまで、生活を切り詰めてまで、それでもあなたが守りたい夢は何なの?」
という、魂への問いかけだったのです。

先生は、その問いに自分自身で答えを出し、今日まで走り続けてこられました。

「何のために、この苦労をしているのか」
「何のために、このお金が必要なのか」

その「何のために」が明確だったからこそ、先生はどん底から這い上がり、今の景色に辿り着いたのだと僕は確信しました。


「仕事」も「お金」も、理想を叶えるための道具

先生は僕にこう教えてくれました。

「仕事は手段、お金も手段なんだよ」

FPとしてクライアントの希望を聞く際も、先生はその人が「そこまでしてでも叶えたい」と思っているかどうかを、まず見極めるそうです。 本人の覚悟がないところに、こちらが熱心にアドバイスしすぎても、それはただの「大きなお節介」になってしまうからです。

自分自身の人生においても同じです。
「お金を稼ぐこと」や「有名な職業につくこと」を最終目的にしてしまうと、いざという時の踏ん張りがききません。

  • 家族と笑って過ごす時間を守るため
  • 自分の可能性を試して、美しい世界を作るため
  • 誰かの役に立って、「ありがとう」を集めるため

その「目的」さえ見失わなければ、どんな手段(仕事)を選んでも、どんな状況になっても、僕たちはまた立ち上がることができます。


まとめ:明日から実践!自分の「何のために」を見直す

だからこそ、僕がいつも心掛けていることをを共有します。

① 「手段」と「目的」をノートに書き出す

今目標にしていること(資格、就職、売上など)を左側に、その先に叶えたい理想の生活や感情を右側に書き出してみます。夢と目標。そしてそれを叶えるために自分が選んだ手段(仕事や事業)。それをはっきりさせることができる大切です。

「手段」が「目的」にすり替わっていないかチェックします。

気が付かないうちに、誰かの思惑で手段が目的にすり替わってしまうことが多いので、常に意識が必要です。

② 壁にぶつかった時こそ「何のために」と唱える

作業が辛いとき、数字が出ないとき。
先生の奥様の言葉を借りて「そこまでしてでも、やりたい理由は何だ?」と自分に問いかけます。

手段と目的。何のために?を思い出し、力を振り絞るための言葉です。
この言葉を思い出すのは決まって、順調ではないときなですが、Mっ気のある僕はこの言葉を思い出すだけで、何だか力が出てきます(笑)

答えがその場で出るのか出ないのかよりも、問い続けることが大事だなと個人的に思います。

③ 肩書きではなく「提供する価値」を意識する

「〇〇になりたい」という思考を捨てて、「〇〇という手段を使って、人をどう喜ばせたいか」という動詞で考える癖をつけます。


「そこまでしてでも、やるのか?」

この問いは、僕たちに「本気度」を試してきます。 先生がバイトをしながら夢を追いかけたように、僕も泥臭い努力を厭わずに進んでいきたい。

ただの憧れで終わらせるのではなく、魂を込めて一歩ずつ。 自分だけの「何のために」を握りしめて、今日も「顔晴って」いこうとこの記事を書きながら強く思い今日の執筆を終わります。

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